ドーキンスの『利己的な遺伝子』とは?
※敬称略
利己的な遺伝子とその乗り物として。
スマホが普及するずっと前の、科学の本。
イギリスの学者リチャード・ドーキンス(Richard Dawkins)は、1970年代に『利己的な遺伝子』、1980年代には『延長された表現型』という書籍を発表している。
遺伝子が利己的?
著書の中でのドーキンスの視点や定義では、「遺伝子は利己的」である。
主体は人間や生物ではなく、あくまでも遺伝子となる。
その遺伝子は、自己を保存・複製させるために、利己的な振る舞いをする。
遺伝子の乗り物?
『利己的な遺伝子』では、生物は「遺伝子の乗り物(ヴィークル)」とされている。
遺伝子が主体なので、人間や生物は、遺伝子にとっては宿主、乗り物となる。
そんなバカなと思っても、少なくとも理論的、生物学的には説明、証明がされている。
ビーグルとヴィークル。
たびたび自分でも言っているように、ドーキンスは『種の起源』で有名なチャールズ・ダーウィン(Charles Darwin)の影響を受けている。
それは多くの科学者や、その他の多くの人たちと同じ。
ドーキンスはよく、言葉遊びや、比喩表現など、キャッチーな言葉を使う。
ダーウィンが世界を旅した乗り物である船の「ビーグル(Beagle)号」にかけて、「ヴィークル(Vehicle)」としたのかもしれない。
利己的な遺伝子の例。
利己的な例。
例として身近な昆虫や、動物があげられている。
- ミツバチの行動。自らの一生を捧げ女王バチの面倒を見る働きバチは、一見利他的に見える。
それでも、自分の個体としての子孫を残せない代わりに、女王バチと共通する遺伝子は残せる。
- ペンギンの行動。ときにペンギンはひどいことをする。南極の氷の上で集団で海面を見つめているとき、アザラシなどの天敵がいないかを探っているうちに、他のペンギンを海に突き落とそうとする。
落とされたペンギンは、エサを取れればファーストペンギンとなれるが、天敵がいれば死んでしまう。
- カッコウの行動。カッコウもひどい。自分で子育てをせず、ヨシキリなど他の種類の鳥の巣に卵を産んで、育てさせる。(托卵)。
しかも生まれたカッコウの赤ちゃんは、他の卵を巣から落としてしまう。
これらはわかりやすい例であり、この観点からは、全ての生物の遺伝子は利己的と言える。
人間は利己的か?
人間も生物であり動物であり、遺伝子の乗り物でもある。
ドーキンスの『利己的な遺伝子』をそのまま人間に当てはめるのは賛否があるが、生物学的な視点では同じ。
人間社会でも、比喩的な表現として「働きバチ」や「ファーストペンギン」、「托卵」という言葉が使われている。
全ては模倣から始まる。
人間や生物は模倣から始まっている。遺伝子は親から子へ模倣される。
文化面でも同様。日本の環境で育った子は、英語ではなく日本語を話すようになり、パンよりもお米を食べて育つことが多い。
遺伝子は個体を超えて、模倣されていく。
親から子へは、父親と母親からそれぞれ約50%の遺伝子がコピーされる。なので、親子で顔が似たり、背格好が似たりする。
自分との直接の血のつながりのない甥や姪でも、約25%の遺伝子が継承されている。
ただし完全なコピーではなく、変異も起きる。
(※変異が起きなければ、急激な環境変化や突然現れた天敵に対応できない。)
環境も影響するので、全く同じ遺伝子を持つ一卵性双生児でも、指紋や性格まで同じとはならない。
また、遺伝子を持っていても、その遺伝子がすべて発現するというわけでもない。
ドーキンスは利己的か?
生物・科学的な視点。
人間が利己的な遺伝子の乗り物であるのなら、ドーキンス自身も利己的な振る舞いになる。
これはあくまでも生物学的、科学的な視点で、倫理や道徳的な視点では違ってくる。
倫理・道徳的な視点。
無神論者のイメージが定着していても、ケニアで生まれ、イギリスで育ち、自分を文化的なクリスチャンと呼んでいる。
2017年以降はほぼベジタリアンとなっているようで、外出先でもベジタリアン用のメニューがある場合はそれを選択すると本人が述べている。
幼少期からのベジタリアンではないので、倫理・道徳的観点からは、本人の意志による選択とも言える。
痛覚がある動物への接し方や、望まない妊娠への女性の選択権などの主張もあり、これらの点については、動物愛護や女性の権利のための利他的な行動とも言える。
AIは利己的か?
AI(人工知能)は人間の脳を模倣している。
AIもそう。LLM(大規模言語モデル)などの生成AI、マルチモーダルAIは、人間の脳を模倣したニューラルネットワークと呼ばれる仕組みで、機械学習やディープラーニングを行う。
学習されたAIは、遺伝子のようにコピーによって増えることもできる。
学習データは人間が書いた書籍やデータ、人間によって作られたWebサイトなどを使用していると言われている。
プログラムを書くのも人間なので、当然、人間と同じように利己的となる可能性がある。
そして遺伝子同様、エラーも起きる。
ドーキンスの『延長された表現型』とは?
延長された表現型の例。
遺伝子によって作られた個体が、さらに作った次世代へつながる構造物。
延長された表現型として、よく紹介される例は、
- ビーバーが作るダム。
- シロアリが作るアリ塚。
- クモが作るクモの巣。
などがある。
これらは遺伝子が、個体(ビーバーやシロアリやクモ。)を使って、次世代へつながるために有利となるように作った構造物、造作物のことを指している。
ダムを作ったのはビーバー自身の意志ではなく、ビーバーの遺伝子となる。
人間もダムを作るので、そのダムも延長された表現型と言える。遺伝子が自身の継承のために作る様々な「構造物」や「造作物」は、延長された表現型の例となる。
(※次世代へ継承されない、ひとり遊びで作ったその場限りのダムは、延長された表現型とはみなされない。)
自分以外の遺伝子によって操られる生物も。
構造物に限らず、生物が他の生物の遺伝子の延長された表現型とみなされることもある。
寄生者の遺伝子が寄主の体や行動に影響を及ぼす例として、吸虫に寄生されたカタツムリの殻が挙げられている。
カタツムリの殻は、カタツムリの遺伝子だけでなく、寄生した吸虫の遺伝子の影響も受けているという。
その殻により、カタツムリ自身も吸虫も身を守ることができ、お互いの遺伝子を残しやすくなる。
ドーキンスは延長された表現型か?
ダーウィン家からの延長とも。
チャールズ・ダーウィンが書いた『主の起源』が延長された表現型だとした場合、さらにその延長された表現型がドーキンスの書いた『利己的な遺伝子』とも言える。
(※『主の起源』は、次世代へ継承された道具でもある。)
ダーウィンの父は医師で、父方の祖父は医師で自然哲学者でもあり、すでに進化の概念を持っていたという。
事実であれば、ダーウィンの祖父エラズマス・ダーウィン(Erasmus Darwin)の遺伝子からの、とても長い延長なのかもしれない。
ウェッジウッド家からの延長とも。
ダーウィンは母方の祖父も著名な陶芸家のジョサイア・ウェッジウッド(Josiah Wedgwood)で、イギリス最大の陶器メーカー「ウェッジウッド社」の創設者でもある。
ジョサイア・ウェッジウッドも、代々伝わってきた陶器職人の家に生まれている。
(※2009年に経営破綻。現在はWWRDホールディングスの子会社となり、ウェッジウッドのブランド名や陶器は残っている。)
ウェッジウッドの陶器は高級なものだが、陶器自体は日常に広がっており、ドーキンスも普通の陶器やウェッジウッド製のティーカップで紅茶を飲むこともあるだろう。
AIは延長された表現型か?
AIは構造物かどうかが曖昧。
基本的に延長された表現型は、遺伝子の存続に有利になるような「構造物」を指すが、AIは構造物と言えるのだろうか?
AIが組み込まれたパソコンやスマホなどは道具であり構造物と言えるが、AI自体は構造物というよりもデジタルなプログラムと言う方が適切なのかもしれない。
延長された表現型は、さらに延長されていく。
ビーバーのダムの場合、「ダム」は延長された表現型と言えるが、ダムで塞き止められてできた「湖」も、延長された表現型となる場合がある。
(※遺伝子の存続に結びつかないものは、延長された表現型とはみなされない。)
プログラムを書くのは人間であり、コピーも可能なので、当然、ダムと同じように構造物となる可能性がある。
AIが搭載された、コピーが可能な生産型ロボットなら、延長された表現型と言えるかもしれない。
ドーキンスの「ミーム」とは?
利己的な遺伝子と利己的なミーム。
ミームとは日本語で文化的遺伝子のこと。
ドーキンスの『利己的な遺伝子』の中では、もうひとつ重要な概念がある。
その概念自体は、ドーキンスよりもずっと前からからあったが、ドーキンスが「ミーム(meme)」と名付けた。
遺伝子同様、自己複製子(Self-replication)であり、自然選択の中で伝播される。
Charles Darwinから、Richard Semon、Richard Dawkinsへ。
特にドイツの学者であるリヒャルト・ゼーモン(Richard Semon)の「ムネーメ(mneme)」は、1904年に提唱されている。
「ムネーメ(mneme)」は、ドーキンスの「ミーム(meme)」に非常に近い綴りで、概念としても似ている。
Charles Darwinの影響を受け、Richard Semonにも影響を受けているかもしれない人物が、先人の二人の名前と同一、またはよく似ているRichard Dawkinsであることも不思議な感じがする。
ミームの例。
『利己的な遺伝子』の中でのミームの例。
『利己的な遺伝子』の中では、ミームについてのいくつかの例や説明があげられている。
- メロディー。(Melody)
- アイデア。(Ideas)
- ファッション。(Fashions)
- キャッチフレーズ。(Catchphrases)
- 言語。(Languages)
言語や言葉。
当時はまだChatGPTなどのLLMが存在していなかったので、「言語」は脳から脳へ伝わる情報伝達の単位の例として挙げられている。
ミームはAIへも伝達されるとも言える。
ところが現代ではLLMという存在が表れている。大規模言語モデルという名の通り、人間と言語のやり取りや保存ができる。
脳から脳へのミームと同様に、脳とLLMとの間に、複製、変異、選択の過程がある。
いずれミームは人間の脳から、AIの記憶媒体へも伝わる時代になるのかもしれない。
インターネット・ミームはあくまでもミームの一例。
ネットミームは、今流行っているミームのひとつ。
「ミーム」という「言葉」や「概念」は長い間一般的には普及しなかったが、スマホの普及により、一気に一般層まで広がっている。
いまではミームと言えば、SNSなどで流れている面白おかしな画像や映像を指すことの方がずっと多い。
これは、エラーや変異的なもの。
ミーム = ネットミームではない。
ネットミームは、本来のミーム、ドーキンスが1970年台に提唱していた、もともとのミームの一例になるもの。
ミームとは脳から脳への伝達・複製の際の単位、文化継承の単位のこと。
現代では「ミーム学(memetics)」というジャンルまであるので、ダブルスタンダードのようになっている。
ChatGPTはどこへ向かうのか?
「ミーム」であり、「延長された表現型」となるのかもしれない。
ChatGPTや他のLLM。
「インターネット・ミーム」よりも「ChatGPT」などのLLMの方が、本来のミームに近いかもしれない。
ロボットにChatGPTが搭載されたら、遺伝子やミームの、延長された表現型と言える可能性が高い。
ミームも遺伝子同様、自然選択されていくので、数年後か数十年後にははっきりとしてくる。
以上、参考になれば幸いです。
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